カテゴリ:スーパースター列伝( 5 )

スーパースター列伝 vol.5

長井淳子(ながい あつこ)b0064918_223527.jpg
柔道選手
埼玉大ーコマツ


さて、久しぶりのスーパースター列伝です。

「長井淳子」といわれてすぐにわかった方はどのくらいいるのでしょうか。
柔道選手です。

ですが、YAWARAちゃんこと、谷(田村)亮子と同じ時代に、同じ階級だったために、永遠の2位だった選手です。
年は長井が一つ上じゃなかったかな?

じつは、ひろしは長井と同じ大学で、ひろしが一学年上です。
(を、大学も年もばれてしまう。)

学部は違うので、多分会ったことはありませんが、やっぱ同じ大学だったので(結構かわいかったし)それなりに注目していました。
(俺、学生の時、結構目立っていたから、覚えてくれてたらうれしいけど、ま、無理でしょ。)

当時の埼玉大女子柔道部では、バルセロナ五輪銀メダルの溝口選手が有名でしたが、この人はガタイがよくて、角刈りで、男の人みたいでした。
この人は、ひろしの一個上で、大学付近でチャリに乗っているところと、生協で雑誌(多分柔道雑誌)を買っているのを見かけたことがあります。

で、埼玉大の女子柔道部の話になると、溝口の話ばかり出るのですが、ひろしは
「いいや、ヤワラちゃんと同じ階級でいつも2位だった長井ってのもいたんだ。」
といっていました。


「長井はオリンピックでメダルが取れる」といわれた実力を持ちながら、48kgの代表枠はひとつ。
長井は、田村と10度戦い、10度敗れます。
一本負けしたことはなく、すべて僅差。
日本代表監督だった野瀬先生(埼玉大)に、「長井のほうが勝っている」と言わしめた時期もありました。
(まあ、野瀬先生のひいきもはいっているかもしれませんが。)

結局、田村の出場しなかった大会での優勝経験はありますが、オリンピック、世界選手権を制すことができないまま、2001年に引退し、コマツのコーチとなります。


Webを見てると、「美人柔道選手」として結構人気がありますねえ。
あとはやはり「トップにたてなかったスポーツ選手」ということででてきます。

ほぼ日刊イトイ通信
ドキュメントスポーツ大陸

長井のことを覚えているのは俺だけか?とおもってましたけど、すこしうれしいです。

まあ、本人にしてみれば、
「ヤワラちゃんに勝てなかった長井」
「美人柔道家」
というのは不本意かも知れませんが。

~ スーパースター列伝 Vol.5 長井淳子 完 ~
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by is-hiro | 2005-06-14 02:18 | スーパースター列伝

スーパースター列伝 Vol.4

立川真紗美(たちかわ まさみ)b0064918_9494519.jpg
 24歳、171cm、62kg
 バスケ選手、ガード
 JOMOサンフラワーズ
 アテネオリンピック日本代表

 ひろしは、結構女子バスケを見ます。今はWJBLというのかな。
 昔からテレビでやっているのは、シャンソンvsJOMO(旧ジャパンエナジー)がほとんどですが。

 ひろしはシャンソンの永田のファンです。でも、永田はホントにほんとのスーパースターで、「ジョーダンが好きです。」「長嶋が好きです。」というのと変わらないので、ここではライバルのJOMOから、それも控えだった立川です。
 実は、立川のプレーは、テレビで5回ぐらいしか見たことがありません。でも、JOMOの控えでも、日本代表に選ばれているわけですから、単にひろしの趣味ではない「スーパースター」です。
(Vol.1の盛田は単にひろしの趣味です。念のため。しつこいようですが。)

 少し話はそれて、
 大学の時はサークルでもバスケをしてましたが、バイト仲間でもやってました。社員1人とバイトに5人ほど経験者がいて、そのうち一人が女子バスケ部員だったので、体育館に侵入してよくやってました。自動消灯装置の解除方法を知ってます。
 (彼女には「ひろしの右手だけほしいね。」とよくいわれました。右のレイアップ、フックシュートはバシバシ決まるのですが、それ以外がからきしダメだから。3Pも打てない。)
 そのとき、女子バスケ部は強くて、リーグ1部にだったと思います。

 そんなこともあって、女子バスケはよく見てました。当時はシャンソンの全盛期で、フラミンゴシューターの一条、PG村上、そしてエースは”ジェット”加藤でした。
(ちなみにPGのN本さんはバスケ経験者で、かつて加藤と対戦したことがあるそうです。)

 そのころ、期待のルーキーとして永田がシャンソン入りします。
スピードとパワーのあるインサイドプレーで、得点とリバウンドをとりまくります。そして新人王、1年目からベストファイブにも選出されます。ひろしは、このころからずっと永田のファンです。

 黄金期のメンバーが抜けて、シャンソンはJエナジーに王座を譲り渡します。その中でも、永田は、ベストファイブ名を連ね、5年連続得点王をとります。
 永田の本来のポジションはPFですが、一時はチーム事情からCに入ります。Jエナジーのセンターは浜口です。たぶんこの人は日本女子バスケ史上最高のセンターでしょう。いくら永田とはいえ、本職の浜口相手に苦戦を強いられます。たとえば前半に永田がスピードで圧倒し20点とると、後半はスピードの落ちた永田にたいし浜口が高さを生かして20点とるなど。
 なんか永田の話になってきましたね。永田のことは、どっかで誰かが詳しく書いてくれるでしょう。そのうち。

 そんな新王者となったJエナジーが、まだJOMOと名前が変わる前ぐらいに、立川は入団しました。

 初めてプレーを見たときは、PGの控えだったと思います。トリッキーなドリブルと、スピードを生かしたプレーで、
「を、こりゃいい」
と気に入ったのを覚えています。サッカーで言えば、市原のFW林。

 ところが、2年後、JOMOには大物ルーキーが入ります。現在のスターターPG、大神雄子です。
 ジュニア時代から代表に名を連ね、高校は名門桜花、ほとんど男の子のような風貌ですが、男子顔負けのスピード。男と混じってプレーしても、一見ではわからないでしょう。

 大神をはじめてみたとき、すごい、より先に、これで立川の立場は危うくなるな、と感じました。実際に、大神は日本代表PGの楠田を押し退けて、JOMOでも出場機会を増やします。

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 ところがアテネオリンピック予選、立川は日本代表に選出されていました。たぶん日本の女子バスケファンの99%は、代表を最後に引退する、JOMOの大山、浜口、楠田のプレーを期待していたでしょう。
 ですが、ひろしとしては立川です。なんでまた代表なんでしょうかと。

 その疑問は、すぐに晴れました。
 控えの立川は、でてくるとすぐに執拗なディフェンスで相手を苦しめます。スティールからの速攻もみせ、持ち味のスピードを攻守で見せます。

 オリンピック出場を決めた韓国戦でも、「後半はのっている若手を送り出し、勝った」といわれた中に、立川も入っていました。
 韓国戦のプレータイムは36分、欠場の楠田はともかく、大山、大神よりも遙かに長い時間出場します。
 しかし得点はわずか8点、いかにディフェンスで貢献しているかがわかります。

 その後オリンピック本番では、柔道ばかりでバスケを見なかったので、実は様子はわかりません。
 (柔道は鈴木桂治のファンなのですが、アテネでは、井上康生をもっと応援すればよかったなあ、と思いました。)

 立川はリーグ戦で怪我をして、オリンピックは5試合で前半2試合は出場時間も短く、後半の3試合は20分前後の出場でした。

 立川を見て思ったのが、当たり前ですが、ディフェンスは重要ということです。押され気味の試合で、立川のディフェンスで一気に流れをつかむ、シーンが何度もありました。

 JOMOは昨年の女子バスケ王者のチームで、ガードには上に楠田、大山、後輩に大神と、代表クラスがそろっている中で、立川はディフェンスでチャンスをつかみ、役割を果たします。
 守備の人、というのは地味ですが、やはり重要なんだなあと。

 スラムダンクでは、山王の一之倉、陵南の池上がディフェンスの人として登場します。
 実は桜木花道もディフェンスの人ですな。リバウンドと、運動量を生かしたフェイスガードが得意。点取屋ではないですから。

 アテネにいけたのは、立川のおかげ、といって過言ではない?
 ちょっと言い過ぎ?

 そんな立川も、大山の引退により、SGのスターターに入ります。
 しかし、ベテラン3人の引退は大きく、JOMOはすでに10試合で3敗の3位、昨年は年間21試合でわずか1敗です。

 最近のJOMOvsシャンソン戦は、11/28に浜松で行われ、BSでも放送されました。でも録画をミスったので見てません。
 次は1/30に宇都宮で行われます。見に行きたいですねえ。

 ちなみに、JOMOでは紺野、シャンソンでは渡辺がかわいいです。紺野は優香似です。(最後はこれかい!)

さあ、女子バスケからも目が離せません。

~ スーパースター列伝 Vol.4 立川真紗美 完 ~
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by is-hiro | 2004-12-18 09:55 | スーパースター列伝

スーパースター列伝 Vol.3

カイ・シデン
b0064918_1314562.jpg18歳、少尉
(いずれも一年戦争当時)
ガンキャノンパイロット

 ガンダムは、メカものであると同時に、少年たちの成長を描いています。
 メインは、アムロが普通のメカ好きの少年から、軍人へ、そしてニュータイプへと成長していく様ですが、アムロ以外のキャラも成長していきます。
 若き艦長のブライト、ニュータイプのセイラとミライ、アムロには勝てないハヤト、アムロでなくハヤトに引かれていくフラウ、そして、その成長を支えて散っていったリュウ、スレッガーなどなど。

 そんななかで私がここで一押しするのは、カイこと、「カイ・シデン」です。

 ネーミングの由来は、日本海軍の戦闘機「紫電改」です。育毛剤ではありません。紫電改について語ると原稿用紙20枚分ぐらいはいけるので、ここでは割愛します。

 カイといえば、セイラに「軟弱者!」と平手うちされてます。
 最初にガンキャノンに乗ったときは、緊張でふるえながら「俺だって、俺だって」といいながらキャノンを打ちまくります。
 映画で言う、ガンダム2の途中までは、単にひねくれた情けない奴です。
 そんなカイを変えたのは、ジオンの女スパイ、ミハルとの出会いです。
 ベルファストでホワイトベースを降りたカイは、町で出会ったミハルの家に立ち寄ります。ミハルがスパイであることに気づきながらも、幼い弟妹を養うミハルに、「左のエンジンが手間取っている」と教えます。
 しかし、ホワイトベースへの攻撃が始まると、やはり気になったのでしょう。軍の身分証明書をだして民間人のバイクにむかい、
「止まれ!軍の者だ!止まれ!」
と叫び、バイクを借りて基地に戻ります。

 ここが、彼が単なる「ひねくれた若者」から、ホワイトベース所属のパイロットに変化した瞬間です。
 そして、修理があがったばかりのガンタンクに乗り込みます。

 戦争を通じて人の成長を描く、というのはあまりよいことではないのかもしれません。エヴァンゲリオンしかり。
 しかし、ガンダムがここまで支持される理由は、その「成長」にあると思います。
 かつて某友人が、ガンダムについて、以下の点で画期的だ、とのたまっていました。

 ○武器、必殺技の名前を叫ばない。
 ○主人公がネクラ・オタク。

 アムロの成長や、エヴァのシンジの成長に自分の理想や現実を重ねていた人は、自覚的、無自覚ともに多かったと思います。

 しかしここはカイです。
 成長したカイの見せ場は、4つあります。

1 ミハルの死の後の出撃。
 「ミハル、俺はもう悲しまないぜ。お前みたいな悲しい子を増やさないためにジオンを叩く。徹底的にな。」
 ガンダムで、ベスト3に入る名台詞です。

2 ニュータイプ談義。
 現実を見て戦うしかない、という政治家タイプのブライトに対して、
 「連邦のお偉方の盾となって死ぬのはイヤだ」
といい、黙っているセイラに対して、
「じゃあ、ジオンの後に連邦もたたくかい?」
と聞きます。一年戦争後、軍を離れジャーナリストになる彼らしいセリフです。

3アムロをねぎらうシーン
 ア・バオア・クーの戦いの出撃の前、みんなに
「作戦は成功します」
といったアムロにたいし、出撃前アムロ、セイラ、カイの会話。
 カイ 「アムロォ、さっきお前のいったこと…本当かよォ?」
 アムロ 「うそですよ。ニュータイプになって未来のことがわかれば、苦労しません!」
 セイラ 「アムロに、ああでも言ってもらわなければ、みんな逃げ出しているわ。怖くてね。」
 カイ  「そりゃそうだな…逆立ちしたって人間は神様になれないからな。」

 みんなの不安を受け止めるアムロと、すがる周りのクルー、その両者をカイらしくねぎらっています。セイラとの対比が見事です。

4 ア・バオア・クーから脱出するランチの上。
 セイラがランチについたとき、みんなを誘導したアムロはまだランチにのっていませんでした。燃え盛るア・バオア・クーに向かってブライトが敬礼し、
「アムロが呼んでくれなければ…我々はあの炎の中に焼かれていた。」
というのも名ゼリフです。それを聞いてセイラは取り乱します。
 実は、その後ろで、カイもバズーカを片手に敬礼しています。結果的にアムロは助かることになるわけですが、ここにも、カイの人間的成長が伺えます。
(訂正:カイはバズーカは持っていませんでした。すみません。持っているのは、ハヤトともう一人、マーカーではないかと。)


 さあ、これでカイのファンになっていただいたでしょうか。



 ならないよね。別に。

※ 今回は、通勤の途中で少しづつ書いたので、セリフ等はあまり原作を確認せずに書きました。しかし、GUNDAM FACT FILEの9で、ちょうどカイがあったので、それは参考にしました。

 ~ スーパースター列伝 Vol.3 カイ・シデン 完 ~
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by is-hiro | 2004-11-27 01:32 | スーパースター列伝

スーパースター列伝 Vol.2

 b0064918_3202283.jpgアンファニー”ペニー”・ハーダウェイ
b0064918_3192257.jpg 33歳 G/F 201cm
 NBA選手 ニューヨーク・ニックス
 メンフィス大→マジック→サンズ→ニックス

 この人は、前回の盛田とは違い、ホントにスーパースターでした。
(盛田には失礼ですが...)
 現役選手なのに、過去系なのは、膝の怪我以来その輝きを失ってしまったからです。

 1993年、オーランド・マジックは、ドラフト1位のクリス・ウェバーとトレードで、3位のペニーを獲得します。2mを越える大型PGで、マジック・ジョンソンの再来とも、マイケル・ジョーダンの後継者とも言われた逸材です。「Mr. Everything」と言われるオールラウンドなプレーが魅力です。

 マジックは、前年ドラフト1位で新人王のシャキール・オニールを獲得しており、ここに、「シャック&ペニー」コンビが誕生します。
 当時のNBAは、マイケル・ジョーダン率いるブルズが、一度目の三連覇を果たしたところでした。しかし、ジョーダンが野球(MLB)に転向し、スター不在となっていたところです。
 ペニーは新人王こそウェバーにとられたものの、オールスタールーキーゲームのMVPになるなど、1年目からスーパースターへの道のりを順調に歩き始めます。
 そして2年目、NBAに復帰したジョーダン率いるブルズを破り、マジックはファイナルに進出します。
 しかし、ファイナルで若きマジックの前に立ちはだかったのは、前年の覇者、アキーム・オラジュワン率いるヒューストン・ロケッツでした。
 ちなみに、オラジュワンとジョーダンは同期で、ドラフトはオラジュワンが1位、ジョーダンは3位です。オラジュワンは90年代最高のセンターといわれる逸材なので、ジョーダンより順位が上でもよいですが、2位のサム・ブーイという人はその後じぇんじぇん活躍してないそうです。

 ロケッツに4連敗、ストレート負けしたマジックは、歯車が狂い始めます。ペニーとシャックはおたがいに嫉妬からつまらない争いを繰り返し、やがてシャックはレイカーズに移籍します。そしてシャックは、マジックで果たせなかったファイナル制覇を、レイカーズで3回果たします。

 一方、マジックに残ったペニーはまさにオールラウンドなプレーでマジックを引っ張りますが、やがて膝が悲鳴をあげ、欠場がちとなります。首脳陣批判を繰り返し、ついにサンズにトレードされます。
 サンズでは、ジェイソン・キッド、ついでステフォン・マーブリーというリーグを代表するPGがおり、ペニーはSGで脇役としてプレーしとます。そして昨年マーブリーとともにニックスにトレードされます。
 エースのSG、アラン・ヒューストンの控えとして、またヒューストンが怪我した後は先発のSGとしてプレーしました。
 しかし、オールNBAファーストチーム2度選出、オールスターに4度出場、ドリームチーム3の一員としてアトランタオリンピック代表にも選ばれたかつての輝きはもうなく、年に数度それを感じさせる鋭いプレーを見ることができるのみです。

 今期は、ヒューストンが怪我から回復しなくとも、ジャマール・クロフォードを獲得したため、ペニーは控えに回ることが予想されます。またトレード要因とも言われています。しかし故障前の契約が残っているため、リーグの最高限度額いっぱいの高い年棒のペニーは、受け入れ先もなかなか見つからないでしょう。

 ペニーのつけたマジックの1番は、その後マジックのエースとして2度の得点王に輝いた、トレイシー・マグレイディーがつけました。そしてサンズの1番は、日本人初のNBAプレーヤー田臥勇太がつけることになります。

 ひろしは、ペニーのプレーを見なければ、NBAを見ることはなかったかもしれません。
 ガードの薄いチームにトレードされて、スターターでかつての輝きをもう一度見せてほしいと思っていますが、それも難しいでしょうか。寂しい限りです。

~ スーパースター列伝 Vol.2 アンファニー”ペニー”・ハーダウェイ 完 ~
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by is-hiro | 2004-11-25 03:21 | スーパースター列伝

スーパースター列伝 Vol.1 

盛田剛平(もりた こうへい)b0064918_244892.jpg
(サッカー選手、FW)
 28歳 1976年7月13日生
 出身 愛知
 身長・体重 1m88・82kg
 経歴 桐蔭学園―駒沢大―浦和C大阪川崎F大宮広島
 血液型 A

 日本で1,2を争う盛田ファンのひろしです。
(ちなみにがhassyが3,4あたりを争っている。)

 この人のためこのコーナーを始めたといっても過言ではありません。

 99年、大学No.1FWといわれた彼が浦和レッズに入団したとき、レッズは6強の一角といわれていました。
 FW出身の原監督の元、その強豪チームの「自慢の3トップ」の中央として、開幕スタメンで華々しくデビューを飾ります。
 長身を生かしたヘッドと、頭だけでなく左足が魅力(本人談)のFWです。

 レッズには、日本代表の福田、岡野、永井を始め、大柴、福永、エメルソン、田中達也など、スピードのあるFWは数多くいました。
東京Vの桜井は、リーグ有数のスピードあるFWですが、レッズ在籍時は彼らの陰であまり試合に出ることはできませんでした。
 また、これまででヘッドの強い電柱系FWは、盛田のほかは、レンタル移籍の佐藤と外国人(ルル、クビツァ)のみでした。

 ところが、この3トップはわずか1試合で解体されます。
 盛田はファーストステージこそ15試合中14試合に出場したものの、スタメンは6試合、フル出場はわずか2試合となってしまいました。
セカンドはわずか4試合、合計19試合で得点なしに終わり、不振の戦犯として激しい非難を浴びます。
 小野の怪我などもあり、99年11月27日の最終戦、レッズはJ2降格が決まります。

 棚卸しでこの試合を観戦できなかった私は、終了後すぐに北浦和に向かい、朝まで飲むことになるのですが、合流早々、
「盛田のヘッドに乾杯!」
といったら、誰も賛同してくれませんでした。

 この日、今後見たいものとして、3つあげました。
  1 レッズ、1年でJ1復帰
  2 盛田のJ1初ゴール
  3 山田の代表入り

 1と3はその後見事に果たされましたが、2はまだ果たされていません。
盛田は、翌年J2に降格したレッズでわずか4試合しか出場できませんでした。
同じタイプのクビツァを獲得したためです。

 結局、盛田は天皇杯での得点をあげたものの、リーグ戦でゴールを決められないまま、セレッソ大阪に移籍します。
 その後、J2各チームで合計7点挙げていますが、J1のゴールはまだありません。

 ところが、このセカンドステージ、我らが盛田は広島に移籍し、J1に帰ってきました。しかも、8/14の開幕戦からスタメンに名を連ねました。
 試合開始直後の前半3分、森崎和のゴールをサポートします。
コーナーキックで、盛田が手前でディフェンダーを引き連れて潰れ、奥の森崎があわせる、というゴールでした。電柱系FWの本領発揮です。
 ところが、前半16分、足に違和感を覚え交代。左ハムストリング肉離れで全治2週間ということです。9月には元気な姿が見られるのでしょうか。


 ところが、8月に、復帰後すぐにきました。

 盛田J1初ゴール!!!!

 8/29(日) 広島 vs 柏 2-2
 後半34分、ゴール前のこぼれ球を豪快にゴール。
 録画映像をみました。リーグ戦初ゴールとは思えない貫禄。
 もう28歳なんですね。盛田。

 これからも盛田から目が離せません。

 ~ スーパースター列伝 Vol.1 盛田剛平 完 ~
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by is-hiro | 2004-11-16 00:38 | スーパースター列伝