スーパースター列伝 Vol.2

 b0064918_3202283.jpgアンファニー”ペニー”・ハーダウェイ
b0064918_3192257.jpg 33歳 G/F 201cm
 NBA選手 ニューヨーク・ニックス
 メンフィス大→マジック→サンズ→ニックス

 この人は、前回の盛田とは違い、ホントにスーパースターでした。
(盛田には失礼ですが...)
 現役選手なのに、過去系なのは、膝の怪我以来その輝きを失ってしまったからです。

 1993年、オーランド・マジックは、ドラフト1位のクリス・ウェバーとトレードで、3位のペニーを獲得します。2mを越える大型PGで、マジック・ジョンソンの再来とも、マイケル・ジョーダンの後継者とも言われた逸材です。「Mr. Everything」と言われるオールラウンドなプレーが魅力です。

 マジックは、前年ドラフト1位で新人王のシャキール・オニールを獲得しており、ここに、「シャック&ペニー」コンビが誕生します。
 当時のNBAは、マイケル・ジョーダン率いるブルズが、一度目の三連覇を果たしたところでした。しかし、ジョーダンが野球(MLB)に転向し、スター不在となっていたところです。
 ペニーは新人王こそウェバーにとられたものの、オールスタールーキーゲームのMVPになるなど、1年目からスーパースターへの道のりを順調に歩き始めます。
 そして2年目、NBAに復帰したジョーダン率いるブルズを破り、マジックはファイナルに進出します。
 しかし、ファイナルで若きマジックの前に立ちはだかったのは、前年の覇者、アキーム・オラジュワン率いるヒューストン・ロケッツでした。
 ちなみに、オラジュワンとジョーダンは同期で、ドラフトはオラジュワンが1位、ジョーダンは3位です。オラジュワンは90年代最高のセンターといわれる逸材なので、ジョーダンより順位が上でもよいですが、2位のサム・ブーイという人はその後じぇんじぇん活躍してないそうです。

 ロケッツに4連敗、ストレート負けしたマジックは、歯車が狂い始めます。ペニーとシャックはおたがいに嫉妬からつまらない争いを繰り返し、やがてシャックはレイカーズに移籍します。そしてシャックは、マジックで果たせなかったファイナル制覇を、レイカーズで3回果たします。

 一方、マジックに残ったペニーはまさにオールラウンドなプレーでマジックを引っ張りますが、やがて膝が悲鳴をあげ、欠場がちとなります。首脳陣批判を繰り返し、ついにサンズにトレードされます。
 サンズでは、ジェイソン・キッド、ついでステフォン・マーブリーというリーグを代表するPGがおり、ペニーはSGで脇役としてプレーしとます。そして昨年マーブリーとともにニックスにトレードされます。
 エースのSG、アラン・ヒューストンの控えとして、またヒューストンが怪我した後は先発のSGとしてプレーしました。
 しかし、オールNBAファーストチーム2度選出、オールスターに4度出場、ドリームチーム3の一員としてアトランタオリンピック代表にも選ばれたかつての輝きはもうなく、年に数度それを感じさせる鋭いプレーを見ることができるのみです。

 今期は、ヒューストンが怪我から回復しなくとも、ジャマール・クロフォードを獲得したため、ペニーは控えに回ることが予想されます。またトレード要因とも言われています。しかし故障前の契約が残っているため、リーグの最高限度額いっぱいの高い年棒のペニーは、受け入れ先もなかなか見つからないでしょう。

 ペニーのつけたマジックの1番は、その後マジックのエースとして2度の得点王に輝いた、トレイシー・マグレイディーがつけました。そしてサンズの1番は、日本人初のNBAプレーヤー田臥勇太がつけることになります。

 ひろしは、ペニーのプレーを見なければ、NBAを見ることはなかったかもしれません。
 ガードの薄いチームにトレードされて、スターターでかつての輝きをもう一度見せてほしいと思っていますが、それも難しいでしょうか。寂しい限りです。

~ スーパースター列伝 Vol.2 アンファニー”ペニー”・ハーダウェイ 完 ~
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# by is-hiro | 2004-11-25 03:21 | スーパースター列伝

つくってみたけど

ひろしでやんす。

Blogつくってみました。

でも、リンク貼るだけで結構な手間ですな。まったく。

先達の皆様はこれらを、「はいぱーてきすとまーくあっぷらんげーじ」なる言葉を用いてあらわしていたというのは、頭が下がる思いでござる。ニンニン。

いや、まあ、ぼちぼちやります。
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# by is-hiro | 2004-11-25 02:52 | 今日のダメだし

スーパースター列伝 Vol.1 

盛田剛平(もりた こうへい)b0064918_244892.jpg
(サッカー選手、FW)
 28歳 1976年7月13日生
 出身 愛知
 身長・体重 1m88・82kg
 経歴 桐蔭学園―駒沢大―浦和C大阪川崎F大宮広島
 血液型 A

 日本で1,2を争う盛田ファンのひろしです。
(ちなみにがhassyが3,4あたりを争っている。)

 この人のためこのコーナーを始めたといっても過言ではありません。

 99年、大学No.1FWといわれた彼が浦和レッズに入団したとき、レッズは6強の一角といわれていました。
 FW出身の原監督の元、その強豪チームの「自慢の3トップ」の中央として、開幕スタメンで華々しくデビューを飾ります。
 長身を生かしたヘッドと、頭だけでなく左足が魅力(本人談)のFWです。

 レッズには、日本代表の福田、岡野、永井を始め、大柴、福永、エメルソン、田中達也など、スピードのあるFWは数多くいました。
東京Vの桜井は、リーグ有数のスピードあるFWですが、レッズ在籍時は彼らの陰であまり試合に出ることはできませんでした。
 また、これまででヘッドの強い電柱系FWは、盛田のほかは、レンタル移籍の佐藤と外国人(ルル、クビツァ)のみでした。

 ところが、この3トップはわずか1試合で解体されます。
 盛田はファーストステージこそ15試合中14試合に出場したものの、スタメンは6試合、フル出場はわずか2試合となってしまいました。
セカンドはわずか4試合、合計19試合で得点なしに終わり、不振の戦犯として激しい非難を浴びます。
 小野の怪我などもあり、99年11月27日の最終戦、レッズはJ2降格が決まります。

 棚卸しでこの試合を観戦できなかった私は、終了後すぐに北浦和に向かい、朝まで飲むことになるのですが、合流早々、
「盛田のヘッドに乾杯!」
といったら、誰も賛同してくれませんでした。

 この日、今後見たいものとして、3つあげました。
  1 レッズ、1年でJ1復帰
  2 盛田のJ1初ゴール
  3 山田の代表入り

 1と3はその後見事に果たされましたが、2はまだ果たされていません。
盛田は、翌年J2に降格したレッズでわずか4試合しか出場できませんでした。
同じタイプのクビツァを獲得したためです。

 結局、盛田は天皇杯での得点をあげたものの、リーグ戦でゴールを決められないまま、セレッソ大阪に移籍します。
 その後、J2各チームで合計7点挙げていますが、J1のゴールはまだありません。

 ところが、このセカンドステージ、我らが盛田は広島に移籍し、J1に帰ってきました。しかも、8/14の開幕戦からスタメンに名を連ねました。
 試合開始直後の前半3分、森崎和のゴールをサポートします。
コーナーキックで、盛田が手前でディフェンダーを引き連れて潰れ、奥の森崎があわせる、というゴールでした。電柱系FWの本領発揮です。
 ところが、前半16分、足に違和感を覚え交代。左ハムストリング肉離れで全治2週間ということです。9月には元気な姿が見られるのでしょうか。


 ところが、8月に、復帰後すぐにきました。

 盛田J1初ゴール!!!!

 8/29(日) 広島 vs 柏 2-2
 後半34分、ゴール前のこぼれ球を豪快にゴール。
 録画映像をみました。リーグ戦初ゴールとは思えない貫禄。
 もう28歳なんですね。盛田。

 これからも盛田から目が離せません。

 ~ スーパースター列伝 Vol.1 盛田剛平 完 ~
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# by is-hiro | 2004-11-16 00:38 | スーパースター列伝